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奇跡のリンゴ木村さんが福岡に

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木村さんが福岡にいらっしゃいます。
今では私もなかなか会えない存在になってしまいました。
問い合わせはこちらまで
http://www.nippon-p.org/ringo-fukuoka.html

熊本は俺たちが引っ張る

忙しい毎日です。
セミナー前で資料作りに頭がいっぱいなのですが
本日は「熊本は俺たちがひっぱる」(勝手に言ってます)会

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それぞれの分野で特別にこだわった人間のみで何かをやろうという密談です(笑)
近いうちに形にして出していきます。

これは強力だぞ~~~

さてさて宮本氏のレストラン、ここで食べたのは
坂本さんのメイトンシャンと赤牛の肉メイン
私のネギもちょっと。

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贅沢な時間でした。


第5回自然栽培研究会プログラム

セミナープログラムです。
http://sizensaibai.com/giken/20110222semiprg.pdf

今回は特別に気合入ってます。
みんなでしっかりと勉強しましょう。

向かう気持ち

自然栽培に向かって生きてきて
その素晴らしさに引きこまれ
その自分の思う素晴らしいものを作り出したいと思った。

あらゆる情報を勉強し
気になるところに赴いて体で感じ
自分の表現をしたかったのかもしれない。



始まりは肥料が無くて作物が育つものか!であった。
それをやりたかったわけではなかったから。
人生はいろんなことがある。
不幸な経験をし、人を信じられない状態で
自然栽培なんてどうでもよかった。
人生の目標を失った状態では何があろうが無かろうがどうでもいいのだ。

嫁に出会ってから、何かが必要なのかもと思うようになった。
親父がいなくなってから、残った土地をどうするか悩んだ。
農の世界なんてどうでもよかった。

何もできない自分に飛び込んできたのは
「無農薬のニンジンが欲しい」であった。

そこから始まった自然栽培の道
先人の話に耳を傾け、どうすべきか考えた。

行き着いたのは「土」

誰しにも与えられている自然界の中の条件に
自分の思いを入れていけるただ一つのもの。

今の農業は間違っている。
大事な土を大事に扱っていない。
それは生産をする道具ではなく、生物が生きれる基本である。
そこに行きつくのに何年も費やしてきた。

今やそこにあるのは、本当の自然環境を取り戻す事。

時代にむしばまれた人の心は自然環境を取り戻すことでしか
癒すことが出来ないと感じている。
それに向かい、ほんの少しでも人の役に立てるのならば
自分が生かさせてもらった何かの恩返しが出来るような気がしている。

土壌生成理論に出会い
自然栽培をもっと多くに人に感じてもらえるようになる。
そう思うからこそ、頑張れる。

チャレンジ自然栽培は
その形になる。

追求し、突き詰めたものはここにあったのだ。
最高の技術はこれから大きな流れを作り出していくはずだ。

土に対する処置の考え方

自然栽培に入り込んで
慣行からの転換にはそれなりの犠牲?が必要という。
土を汚した分の浄化に、反動現象があるという。

反動は作物が出来ないとか虫食いだらけになるだとか
要するに対価を得る状態ではないということである。

これは慣行からの転換であれば
自然農であれ自然栽培であれそういう現象が起きるものということらしい。

実際にその道をたどってみたら、反動の洗礼を受けてきたわけである。
そしてその時期を過ぎてくると、作物が良くなって来ているとは思うようになった。
しかしながら、その時期は短くも長くも感じる苦しい時間である。

対応方法は麦、大豆、機械的なものの導入による
不必要なものの排除作業ということになる。
不必要なものとは慣行で入れてきた肥料農薬の残留物と考えていいのだろう。
肥毒という言葉で表し、都合の悪い状態を引き起こす原因である。
慣行では都合の悪い状態を農薬で抑え込んで見た目だけを作り出す。
さらに効率を求めるばかりに、肥料を入れて生育促進をする。
それでさらに何かの現象が起きれば、それを抑える農薬をさらに使い
中身の状態がどうあろうと見た目に綺麗に仕上がればいいということだ。

その研究はもの凄く、まさに形を作るにおいては最高の技術が産みだされてきた。

そこに最近の食事情から中身についての疑問が持ち上がる。

はたしてそれはどうすればいいのか?
そこから自然農、自然栽培という方法論が出てきた。
結局、土をどういう状態にすればいいのか?
というところになってくるのである。

生業とする農では生産性を落とせなくなっているので
簡単ではなくなっている。
効率ばかりを求められてきたから、再生産に向ける余裕が無いということか。

そこから本当にいいものとは?という方向に変えるには
長い時間をかけていては話にならないのである。
生業の維持が出来なければならないからである。

肥料農薬を使わないようにすると
その反動が出てくるが、その時間はいったいどれくらいなのだろう?
土の状況にもよるが、3~10年あたりか?

自然の循環による浄化を待つだけではなく、積極的に浄化できる方法を取る。
それの方法論としての麦大豆。

この40~50年の間に慣行での土の疲労が大きく
土はすぐに綺麗になるとは言えない。
その証拠が腐敗する野菜という事・・・・

では何故腐敗するのだろう?

自然栽培、自然農で出来てきたものは腐敗しないのか?


いわゆる浄化出来た土から出来たものは腐敗しないで枯れる。
そして発酵する。

そこが基準点?


浄化出来た土から出来るものは発酵する。

では浄化出来た土とはどういうものなのだろうか?

先人の成果を見ると、肥料も農薬も使わないで
慣行と変わらないほどの収量があり、食するに美味しいものが出来る土になる。
それは腐らないで、発酵に向かうものが多かった。

ではその土はどうなっているの?

科学的に検査しても良く判らないらしい。
慣行での土の状態を基準にした検査方法では判らないということだ。

ならばどうやってその土を作るというのだ?

やみくもにやって結果が出なければあきらめるのか?
いやそんなことはない。

先人がやってきたことをトレースすればいい。
しかし、それでは時間がかかりすぎる。

他に方法は無いのか?


もともと、自然の循環で作物に育ってもらおうという考え方はいいのだが
その根本にあることの解明が出来ていないのが問題なのである。

いくら自分自身がしゃかりきになっても
相手の事が解らないままでは対応策は出てこない。
思わぬパンチでノックアウトされるのである。

「己を知り、相手を知れば百戦して危うからず」の言葉通り

まずは相手である、土を知ることであり

慣行で傷められたという土を
自然の循環に対応できる土にすることである。

それは以前にもEM菌を使って試みられたが上手く行ったという話しを聞き
そして上手くいかなかったという話も聞く。
どうしてそうなったのか?
検証をし、さらにその先を考える必要がある。

ようするに
汚れた土を綺麗な土にするということは、
慣行でしか対応できなかった土を自然の循環に合う土にするということは、
そういう土に改良するということである。

生産方法にこだわる前に
その土がどうしたらその生産方法に合う土になるかを考えなければ
生産方法など成り立つわけはない。

ましてや、生産方法を切り替えるに
どう対策をしたらいいのか?などの方法が見つかるわけはないのだ。

土とは?

その答えは土壌生成理論にある。

土のなんたるかを知ることから
土壌の改良が出来てくる事を知るべきである。


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