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これは書いていいのだろうか?

単なる思い付きであることを前もって言っておく。
原子力の事故が過去にも起きているが
想定よりも早く回復しているという話をどこかで聞いた。

放射線が発せられるところではそのレベルにもよるが
高い数値のところでは生物は生きていけない環境であろうと思われる。
しかしながらその場所に植物が繁殖し始めているらしい。
自然界には人間の知識の及ばない何かの仕組みがあるようである。

たとえばスーパーミミズなどもその一例か。

農業における土の研究から腐植前駆物質にまでたどり着いたが
それは非常に多岐に効果をもたらすことがわかっている。
その流れを考えていると
地球上の浄化システムの多くを腐植前駆物質は担っているような気がしている。

地球上に土が出来てきたのは4億年前から。
それは生物が海から地上に進出してからである。

生物が進出することで有機物が珪酸と関わり、土となっていく。
そこから土と生物との関わりが積み上げられていった。

そこには菌が関わり、土を介することで互いの共棲関係が生まれてくる。
それを調整してきたのは腐植前駆物質であった。

そうなってくると放射線に関わることにも
関係があったのではないかという事である。

自然界のいろんな事象を調べてみると判ってくるのだが
何かの変化には直接の関わりだけでは足りないことが多い。
化学的な変化には2つのものの関わりで十分であるはずなのに
それに介するものが必要という場面が多く見られる。

何故にそういう事が起きるのかはよくわからないが
何かの必要なものという存在を考えてしまう。

短絡的かもしれないが
原子レベルの事故で生きられるはずのない生物が生き
自然を復活させているという事にはそういうはたらきをするものがあるという事か?

もしかしたらそれは腐植前駆物質?
それともそれに類似したシステム?

何かを感じるのは思い込みなのだろうか?


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ちゃんと自然を見ようよ

みんなが苦しんでいる今回の災害。
どうにかならないかと考えても手の出しようがなく
何かしら役に立つことを考えてみた。
今出来ることが無いなら
今後に向かっての人の役に立つことを一生懸命やることと思った。
それには今向かっているチャレンジの完成度を上げるのが一番の方法ではないかと思うのだ。

最近はチャレンジの話ばかりやっているような気がする。
研究に一生懸命ではあるが
そればかりというわけにもいかないのが実情である。

もはや人がいう自然栽培という枠を大きくはみ出しているようだが
それは自然栽培という言葉に捉われ過ぎていたからではないかと思う。

チャレンジの方がよっぽど自然の流れにかなっているように思えてきている。

何も使わず、自然の循環でやることが自然なのだ!みたいな
悲しくなるようなかたくなな姿勢も大事ではあるが
それで身を滅ぼしてしまっては本末転倒。

それが出来ないから慣行からの変化が怖くてできないでいる人は多いのではないだろうか?
そして向かったがあきらめてしまった人も多いのではないのか?
それは思い切りが無く根性が無いからなのか?

苦しい場面に自分自身が向かってもがいて
どうにかならないものか?と追い続けて
チャレンジに出会った。

当然その場では本当に大丈夫なのかと考えた。
だから何日も時間をかけて内容を調べた。
そしてついにこれは凄いものだと理解が出来た。

だからこそ自然栽培の世界に紹介したのだが
全く無視だ。
それどころか流通まで止められる始末・・・

なんで?
これほど凄いのに何故わからない?
自然栽培に向かっての苦しみは自分自身が一番わかっている。
そこからどうしたらいいのかを見つけだし提案したのにである。

がっかり
あきれる

本当にそうなのかどうかの精査もしないままである。
何でもかんでも駄目って.......(何様?)

仕方ないから自分でその凄さを確認し正直に
公開していくことをやり始めた。

チャレンジばかりではなく
今までの自然栽培の方法もやっている。
比較試験をやってこそ価値が出る。

今までの自然栽培でも
大きな間違いはないと今も思っている。
今の先頭ではなくその前の時代はもっと追及していたように思う。
その真理に迫る部分については一部を除いて納得しているから。

何かがおかしくなってきたのかな?
とかつい言ってしまうなあ~~

理解されない愚痴だなこりゃ。



それでも自然の動きを見ていると凄いことが起きる。

チャレンジではないが
20100207 095
これは秋に定植出来なかったネギ苗だ。
小ネギで出荷していたのだが、小ネギでは大きいからと
この箱に入れたまま、いずれ定植するかもと考えていてそのままになっていた。
たまに気がついたときに水を入れてあげる程度
何カ月もそのままで、水しか入れないのに
こんなに大きくなってしまった。

ちゃんと底があるし、土に全く触れていないのだけれど
この成長ぶり。

自然の凄さが解る場面
ヤン・ファン・ヘルモントの実験を思い出すのだ。

ちゃんと自然を見ようよ。

腐植前駆物質の存在を知ろうとしないで
自然を見ているなんて言えないよ。

多くに人の役に立つことを考えるのならば
可能性のある事柄には知らん顔できないはずだよね。



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