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モクモク

2日間、三重県のモクモクさんに行ってきました。
農業のこれからについて考えることがありましたよ。

詳細はまた。

マルチ剥ぎ

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畑のマルチ剥ぎ作業
今の一番厄介だと思う作業です。
生産物をいかにしていいものにするかの答えはマルチ利用だった。
露地のものとマルチ利用とハウス利用とで住み分けをやってきたのだが
作業として一番簡単なのは露地
思うような生産物に仕上げるためにマルチ利用。
そして季節のずらしにはハウス

いろいろ試してみて、マルチ利用は使えるという判断だが
いかんせんその撤去作業は大変だ。
生産ばかりでそこまで考えていなかったので、いい方法を考えないと効率が落ちてしまう。
何かしら方法があるはず。
また色々考えてみなくちゃ。

木を見て森を視ず

ずっと考えていた。
今、何をすべきなのか?

経済第一主義の流れから、大事なものを置き忘れようとしていた日本。
生まれた環境から食を考えるようになり、今から起きてくるだろうの事態の予測をしてた。
世界は食に困窮することになる。

日本における食は形だけのもの。それはどうすればいいのか?
流れの中で追求する。
そこからの自然栽培であるのだが、それすら疑問が残る事に気が付いていた。
たどり着いた土壌生成理論はあらゆる疑問を拭い去る。
自然界のルールが理解できるようになってきた。

科学は観察から始まる。
科学から生きる方法を見つけだしていく。

置かれた環境はすでに人に都合のいいルールを生み出している。
いいものか悪いものかの判断から入らねばならない。
自分の中の感性によるルールが作られていく。
押し付けられたものではなく、自分が良いと判断できるものがルールになる。

今目の前にあるものは自分が良いと判断できるものであるのか?

押し付けられるものにごまかされないようにしなければ判断は間違ってくる。
その為に色々と調べて目に前の事象に照らし合わせる。
納得できるものを積み上げる。

そういうことを繰り返して今の自分がいる。

生活の糧にするに農業をやる。
それは納得できるものなのか?

自分にごまかしはやりたくない。
誰にどう思われようと関係ない。
自分の思う方向はどっちなのだ?

目の前の事だけに捉われていては判断できない。

木を見ていては森の状況は判らないのである。

自然栽培
食を考えてここにいるが、その先を見つめている。
人は、いや生物はどこにいるんだろうか?
その基本が土にある事に気が付いているのだろうか?

土はどうなっているのか?
それすら理解できないままの自然栽培などありえない。

自然栽培の為の自然栽培であってはならない。

この大惨事に何をすべきなのか?
自然栽培の基準を考えるのではなく
惨事の元凶を解決できる方策を見つけだしそれに向かう事。
チャレンジはそういう方向を向いている。

変な男たち

私の周りには変な男たちがたくさんいる。
そう言っている私にその男たちはお前が変だろ?って突っ込むのだろうが・・

農の世界ではほんの一部の人がとても違った感性の中で生きている。
日本に限って考えてもわずかな数字になるだろう。
目指すものはそれぞれであり、それぞれの生きている証を追いかけているのかもしれない。
それでも世間の普通の感覚を持ちながら、特別な感性も生かしたいと願ってやまないのだろう。
相反する条件を生き方としてこなして見せているのが彼らの凄いところかもしれない。

農の世界では大多数の慣行農業と一部の循環農業とに分けられるだろう。
慣行は国の政策に応じた規格に合わせる事で、さらに分業を進める事で効率を追いかけてきた。
それは日本の食の根幹を作ってきた大事な事だと思う。
反する言葉は並べられるのだが、実際にその役割を果たしてきたのだと思うのだ。
産業の違い、他国との為替問題による経費の勘定比較などから、時間の流れによる人の思惑等が農の生業を切迫してきている。
経済を考えればそれもいたしかたない事のように思われるが
そこに政策の間違いが問われることとなるのであろう。

昔は食は一番に扱われる大事なものであった。
戦に食の供給がなされなければ負けると思われていたからだ。
それは食わずに何かをやり遂げることはできないという
人としての体の維持を理解していたからだと思う。
「腹が減っては戦は出来ぬ」
そのままいまの現実に当てはめたい言葉である。

その時代は効率だけを考えた今の化学的なものの存在が無かった分
供給だけを考えていれば良かった。
今は供給に頭を向けすぎたあまりにその中身の酷さに気が付いていない。
食わずに戦えるか!
食ったら体をおかしくする・・・

どうする?

そこに気がついてくれれば慣行の向かう方向が見えるのではないか?


循環を考える人たちは、その主観をどこに置いているのだろう?と考えることがある。
それが農への向かい方になってくるし、生き方になってくるのだろう。
慣行の危険性をいち早く気がつき、どうしたがいいのか?と考え方向を探している。
それが多種の生産方法となって今に現れている。

そこに彷徨う男たちは変な奴が多いという事である。
(言いきっていいのか?)

変な男たちを私は大好きである。
変な男たちの純情を裏切る輩は大嫌いである。

時代はこの変な男たちが作っていくことになるのだろう。
我が家にいる変な男の今
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かんぴょうが大好きって、おもしろい発想だ。

土壌の本質的特徴

1土壌とは珪酸塩、有機物ならびにフェノール系代謝産物が一体となって物理化学的に反応した生成物である。

2したがって土壌とは、反応系としての過剰物質、特に過剰に存在する珪酸塩と腐植物の混合物である場合が多い。

3腐植化反応を惹起するための要因物質であるフェノール系代謝産物ないし腐植前駆物質は、土壌菌以外の微生物に対する抗菌性にすぐれ、かつ濃度が高まるにつれ土壌菌自身に対する抑制・滅菌機能をも示すのである。

4腐植前駆物質を特に高濃度に含有する土壌(腐植物等)においては、土壌菌群の存在が検知されない場合もある。
この事実は顕微鏡サイズにも達しない土壌微生物の存在ないしは当該腐植化反応におけるchain reactionの存在を示唆するものである。

5腐植前駆物質は土壌菌群の代謝機能をフェノール系のそれに誘導する最良の誘導・環境物質である。一方、土壌菌群そのものは地球表層に満ち満ちており、したがって土壌にはフェノール系代謝産物機能の発現した土壌菌群が棲息することとなる。

6腐植化反応による生成物は、キレート構造を有した重縮合物である。したがって土壌とは団粒構造を有しかつ保水力・保肥力にすぐれたものもある。
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