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米の買い取り

清水自然米の一人が買い取り価格を上げてほしいと言う。
色んな事を考えて決めていた単価であるが
震災の影響がこんなところに出てきているらしい。

清水自然米は私が生産方法を指定し、管理する米である。
生産方法は私がやっているのと同じで、仲間の生産者にやってもらうのだ。
そのかわり全て私が買い上げると言う事にしている。
それは地域に広げる事で環境に貢献し
生産者によくなってもらいたい事、それを提供する事で消費者に喜んで欲しいから始めた。

農協の買い取り価格より随分と高い単価設定にしていたのだが
それは自然栽培のリスクと普及するためという理由から。
それが震災の影響で九州の米が欲しがられている事に乗じて
高値で売りさばきひと儲けをしようという事なのであろう業者が
清水自然米の買い取り価格を上回る金額の提示をしているらしい。

すでに販売先も決まってしまっていて販売価格も決まっている。
今の時点で単価をいじるのは非常に困る。
さてどうしたものか?

自然栽培の向かい方として
生産者が普通に暮らせる状況を作り出す事と
それに見合う安心と安全を消費者に提供することにある。
通常は高値に感じるかもしれないが
それは短期の相場の動きに捉われない安定した金額で提供することでもある。
一時的な単価の動きに左右されていては
生産も消費も不安であるし、間違えば疑心暗鬼状態になり
取引すら出来なくなることがありえる。

そういう部分をうまくさばいていくのが流通の仕事だと思う。
反面、自由競争と言う部分から見えればおかしいのかもしれない。
どこをどう見ていくかは難しいのかもしれない。

私は生産技術から生産、販売までを通してみて思うのは
自由競争の役割が必要な部分とそうでない部分があると感じる。

こと食にかんしてはあまり自由競争を入れるべきではないと感じている。
体を作る食が安かろう悪かろうではいけないと思うのだ。

いろんなところと付き合って見て
食を提供するところの考え方にも疑問を持っている。

見た目とか料理する技術には長けているのだが
その中身にはほとんど理解していないというか
単価だけを見ている気がする。

その流れは家庭にも浸透していて
上手く料理できればいい料理と言われている気がする。
その材料とかに気を配らないのではないのか?

どんなに綺麗なものを作り上げても
その中身が害を持っているかもしれないという事を考えないのだろうか?

色んなことが頭を駆け巡る。

私はどうしたらいいのか?

昔ならば切り捨てていた事であるが
それではせっかく参加してくれた気持ちも捨てることになる。
上手く裁くことが出来るか、ちょっと悩んでみようと思う。

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