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自然栽培はいいもの?

全国には悩んでいる人が多い事を感じる。

最近は特に相談のメールが非常に多く、対応に時間がかかっている。
農業は相談される事象ごとに条件が違うので、その聞きとったことからある程度自分の経験から思い計って答えるのだけれども、それがはたして合っているかどうか悩んでしまったりもする。
しかし、自然の循環は一つの流れから派生しているので、それに当てはめるとだいたい分かってくる。
毎回思うのは、土が理解されていないという事。

私が「土壌生成理論」に出会うまでの悩みを並べられているようで
もう一歩入ってもらえれば理解してもらえるのではないかと考えたりする。

最近は自然栽培が注目されてきたのか、いろんな話が出てくる。

悩む皆に言いたい事がある。

「自然栽培」は目的ではない ということだ。



自然栽培という言葉が免罪符かの如く「自然栽培をやりたい」とくる。
自然栽培でありさえすればいいものであると勘違いしているのではないかと思える。
いくら自然栽培とて、土が出来ていなければ悲惨なものが出来る。
自然栽培の規格がはっきりしていないのが問題ではあるのだけれど
いいものは生産物でなければいけないのだ。

生産方法でいいものと勘違いしているようではいいものは作れないだろう。

さらに言うならば「いいもの」とはどんなものなのか?の基準が必要である。
自然栽培的に言えば(腐敗しないもの)とでも言うしかない。
実際私も試験するのは腐敗実験である。

基準はだいたい出来つつあるのだけれど
まだ問題があって基準化するには時期早尚と思われる。
その基準が使われるようになってくれば
腐敗実験など必要無くなる。



土壌生成理論に出会って、腐敗と発酵と、土への循環が違う流れなのを知った。
腐敗発酵は分解回路、土へは高分子化回路である。

有機物の土への変化に付いては自然界での循環の一部であるにもかかわらず理解されていない。
腐敗発酵での分解回路は知られているにもかかわらず使いきれていないというところか。

自然界では有機物は土に変化する方向に行こうとするらしい。
ということは腐敗しないという事である。

腐敗の一番大きい変化は酸化である。
酸化しにくい作物になることがいい作物のひとつの指標となりえるのではないか。

自然栽培がいいものと思ってはいけないのだ。




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